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名古屋地方裁判所 昭和45年(ワ)2614号 判決 1972年2月10日

原告 遠山産業株式会社

右代表者代表取締役 永井義凞

右訴訟代理人弁護士 大導寺和雄

同 中西英雄

被告 株式会社玉や商事

右代表者代表取締役 朝貝恵三

右訴訟代理人弁護士 小林勇

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、原告訴訟代理人は、「被告は、原告に対し、金六、〇〇〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和四五年九月二一日から支払ずみにいたるまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求原因として、

(一)  別紙物件目録記載の物件(以下、本件物件という)は、原告の所有に属するものであったが、原告は、訴外富士織物商会こと坂槇健司に対し、右物件の縫製加工を委託してこれを引き渡した。

(二)  しかるところ、坂槇は、本件物件を原告のために預り保管中、自己の金融の用に供するため、原告に無断で、被告に対し、これを入質して引き渡した。

(三)  一方、被告は、本件物件が原告の所有に属し、坂槇がこれにつき処分権原を有しないことを知りながら、あえて、これを質受けしたので、原告は、被告に対し、昭和四五年九月一七日到達の内容証明郵便により右書面到達の日の翌日から三日以内に本件物件を返還するよう催告した。しかしながら、被告は、これに応じないのみか、その後、第三者に対し、本件物件を売却処分してこの回収を不可能にし、その結果、原告に対し、本件物件の時価に相当する金六、〇〇〇、〇〇〇円の損害を与えた。

(四)  かりに、被告において、本件物件が原告の所有に属することを知らないでこれを質受したものであるとしても、本件物件上の質権は、被告がこれを第三者に売却処分した当時すでに、つぎの理由により消滅していた。すなわち、本件物権上の質権の被担保債権は、別紙被担保債権一覧表記載のとおり計金四、九五七、二七〇円であるところ、坂槇は、これとは別に、被告から、昭和四三年から昭和四五年にかけ別紙借受金一覧表記載のとおり計金三三、二八一、六五〇円を借り受け、その間、被告に対し、元本金額のほか、これに対する利息として月六分の割合で計金五、八二四、八三五円を支払った。しかして、これを利息制限法所定の制限内の利息年一割五分の割合に引き直すと、その利息額は、計金一、二九五、七四九円であるから、坂槇は、被告に対し、右借受金利息としてその差引き残額金四、五二九、〇八五円を超過して支払ったことになる。そこで、これを本件物件上の質権の被担保債権に充当すると、右債権は消滅し、したがって、本件物件上の質権も消滅したことになるので、原告は、被告に対し、昭和四五年九月一七日到達の内容証明郵便で右書面到達の日の翌日から三日以内に本件物件を返還するよう催告した。しかしながら、被告は、これに応じないのみか、その後、第三者に対し、本件物件を売却処分してその代金に相当する金六、〇〇〇、〇〇〇円を不当に利得し、一方、原告はこれによって右同額の損害を蒙った。

よって、原告は、被告に対し、右金六、〇〇〇、〇〇〇円とこれに対する前記催告期限の翌日である昭和四五年九月二一日から支払ずみにいたるまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

と述べ(た。)、≪証拠関係省略≫

二、被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として、

請求原因(一)の事実は知らない。同(二)の事実は否認する。同(三)(四)の事実中、原告から被告にあててその主張のごとき書面が到達したことは認めるが、その余の事実は否認する。

と述べ(た。)≪証拠関係省略≫

理由

一、本件物件が原告の所有に属していたこと、原告が訴外富士織物商会こと坂槇健司に対し、右物件の縫製加工を委託してこれを引き渡したことは、いずれも≪証拠省略≫に徴し明らかである。

二、そして、≪証拠省略≫によれば、坂槇は、原告から本件物件の縫製加工を委託されてこれを預り保管中、自己の営む縫製加工業の運転資金に窮し、昭和四三年七月ごろから昭和四五年九月ごろまでの間に、原告に無断で、被告に対し、別紙被担保債権一覧表中、被担保債権額欄記載の各金額からおよそ六分を減じた価額で本件物件を売り渡し、これを被告に引き渡すと同時に、被告との間で、同人において、一か月以内に被告に対し、右被担保債権額欄記載の各金員を支払えば、被告から再度、本件物件を買い受けることができる旨を約したことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

三、そこで、被告において、坂槇から本件物件を買い受けた当時、これが原告の所有に属し、坂槇がこれにつき処分権原を有していないことを知っていたか否かについて案ずるに、≪証拠省略≫によれば、坂槇は当時、縫製加工を主たる営業とし、原告その他の取引先から繊維製品原反の引渡しを受けてこれに縫製加工を施こし、マットレスカバー等に仕上げたうえ、委託先に納入して加工賃収入を得ていたことが認められるけれども、≪証拠省略≫によれば、坂槇は当時、その営業の一部として、縫製加工のほか、繊維製品原反の仕入れ、販売も行なっていたこと、また被告は、マットレスその他雑貨類の卸販売を業とする株式会社であって、昭和四三年ごろ、坂槇との間に金融取引関係を生じた後、本件物件を買い受けるまでの間、継続して何回となく本件同種の取引をしていることが認められ、以上認定の事実をかれこれ考えあわせると、坂槇の営業の主たる部分が繊維製品原反の縫製加工であって、その販売ではないことの一事によってただちに、被告において、坂槇から本件物件を買い受けた当時、本件物件が原告の所有に属し、坂槇がこれにつき処分権原を有していないことを知っていたものと認めるのは困難であり、ほかに右事実を認めるに足る証拠はない。

四、そこで、すすんで、不当利得返還請求の点について判断するに、≪証拠省略≫によれば、坂槇は、昭和四一年一月ごろから「富士織物商会」なる商号を使用して繊維製品の縫製加工業を営んでいたが、資金繰りに窮したあげく、昭和四三年二月ごろ、被告に対し、当時、委託加工の目的で取引先から引渡しを受け預り保管していた「モス更紗一〇〇ミリ側原反四〇〇〇枚、モス更紗六〇ミリ側原反三、五〇〇枚」を、一か月以内に計金一、九〇〇、〇〇〇円で買い戻すという約定のもとに、右金額からおよそ六分を減じた価額で売り渡して引き渡したのをはじめ、右同様の要領で、昭和四三年三月から昭和四五年九月までの間に本件を含め前後三、四〇回にわたり、委託加工の目的で取引先から引渡しを受けて預り保管していた繊維製品原反を委託先に無断で逐次売り渡して引き渡し、被告からその代金として合計約金三〇、〇〇〇、〇〇〇円の交付を受けていたこと、そして、坂槇は、はじめのうちは、右約定にしたがい、一旦被告に売り渡した繊維製品原反を約定の期間内に約定の価額で買い戻していたが、そのうち、約定の期間が経過しても買い戻しをしなくなったので、被告は、坂槇から買い受けた繊維製品原反を他に売却処分して同人に支払った売買代金の回収をしていたことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

そして、右認定の事実によれば、坂槇は、被告に対し、繊維製品原反を売り渡す都度、被告との間で、一定の期間内に再びこれを買い受ける旨を約したのであるから、坂槇と被告との間には、右約定によって、右繊維製品原反につき、いわゆる再売買の予約が成立したものと認められ、右認定の事実関係のもとにおいては、原告主張のように、右約定によって、坂槇と被告との間に、右繊維製品原反につき質権設定契約が成立したものと認めることは困難である。

ところで、再売買の予約は、その契約内容こそ売買予約の形態をとってはいるが、その経済的作用は、あくまで債権の担保にあり、したがって、再売買の予約においては、再売買価額と売買価格との差額は、実質的には売買価額に対する利息に相当するものではあるけれども、再売買の予約は、当事者の一方に予約完結権を取得させるだけであって、当事者間に債権債務の関係を生じさせるものではなく、また当事者の一方は、他方が所定の期間内に予約完結権を行使しない限り、目的物件からのみ予約権利者に支払った売買代金の回収を計るほかはない点において質権その他の担保権とは自らその性質を異にしている。したがって、再売買の予約においては、再売買価額と売買価額との差額が実質的には売買価額に対する利息に相当するからといって、これにつき当然に利息制限法が適用されるものとは解しがたく、右差額が同法所定の制限を超える場合であっても、これが暴利行為とならない限り、かかる再売買の予約も有効である。

よって、原告の本訴請求は理由がないから、失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 大塚一郎)

<以下省略>

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